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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)361号 決定

抗告人

東海造船運輸株式会社

右代表者

槇田堯

右代理人

久能木武四郎

相手方

有限会社親和漁業

右代表者

菅原養祺

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨及びその理由は、別紙記載のとおりである。

二そこで検討するに、商法第八四二条第六号にいう「航海継続ノ必要ニ因リテ生シタル債権」とは、すでに開始された航海を継続するために必要な事由によつて生じた債権を意味するのであつて、新たな航海を開始するために必要な事由によつて生じた債権は含まれないと解するのが相当である。けだし、(一)商法第八四二条第六号は、「航海ノ必要」又は「航海ノ為メ」等の表現を使用せず、「航海継続ノ必要」という表現(商法第七一五条、第七一九条参照)を使用していること、(二)同条所定の先取特権は、その公示方法がないにもかかわらず、他の先取特権や船舶抵当権に優先する強力な効力(商法第八四五条、第八四九条)を有するものであるから、その発生要件はできる限り厳格に制限する必要があること、(三)仮に同条第六号の債権の中に新たな航海を開始するために必要な事由によつて生じた債権までも含ませるとすると、その範囲が無制限に広がるおそれがあるばかりでなく、右債権よりも先取特権の順位(商法第八四四条第一項)が劣後する同条第七号及び第八号の債権との区別も困難かつ無意味になるおそれがあることなどを考慮すれば、右のとおりに解するのが相当であるからである。

ところで、本件競売申立にかかる本件船舶の修理代金債権発生の経緯に関する原審の事実認定(原決定一丁裏三行目から同二丁表一行目まで)は、一件記録に徴し正当として是認することができ(この事実認定自体は、抗告人も争つていない。)、そして、右認定の事実関係からすれば、右債権は、本件船舶のすでに開始された航海を継続するために必要な事由によつて生じたものではなくして、その新たな航海を開始するために必要な事由によつて生じたものであることが明らかというべきである。従つて、右債権は、商法第八四二条第六号にいう「航海継続ノ必要ニ因リテ生シタル債権」には該当しないものといわなければならない。

そうすると、右と同旨の見解に立つて本件競売申立を却下した原決定は相当というべきであつて、これを違法とすべき事由は見出しがたい。

三よつて、本件抗告はその理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(川上泉 奥村長生 橘勝治)

〔抗告の趣旨〕

一、原決定を取消す。

二、右債権者の昭和五五年一二月一〇日申立による後記の債権の弁済に充てるため先取特権実行により債務者の所有である別紙表示の船舶について競売手続を開始する。

との趣旨の決定を求める。

〔抗告の理由〕

一、前記決定に対する不服理由は次の通りである。

二、本件競売申立の理由は原決定添付の先取特権に基づく船舶競売申立並びに昭和五六年一月一九日付上申書及び同年三月一〇日付上申書に申立たとおりである。

即ち、商法第八四二条には「左ニ掲ケタル債権ヲ有スル者ハ船舶、其属具及ヒ未タ受取ラサル運送賃ノ上ニ先取特権ヲ有ス」と規定し、その六号に「航海継続ノ必要ニ因リテ生シタル債権」と規定されている。

本件債権は、本件船舶の修理代金債権であるが、右船舶は建造後一一年以上を経ており、修理の必要がある上、船舶安全法第五条の規定により定期検査を受けなければ航海継続が出来ないため、昭和五六年六月二日船籍港である神奈川県三浦市三崎港を出港し、静岡県焼津港において債権者により本件修理を受けると共に右定期検査を受けて、同年七月三日東海海運局清水支局長から船舶検査証書の交付を受け、同月一七日三崎港に廻港し、同月二七日同港を出港して北海道沖へいか釣り漁に出漁したものである。

即ち、本件船舶は船舶安全法第五条により定期検査を受けなければ法律上も事実上も爾後航海を継続することが出来ないものである。商法第八四二条六号の「航海継続ノ必要ニ因リテ生シタル債権」であることは条文上明らかである。

原決定は右条文の「航海継続ニ因リテ生シタル債権」を「航海の途上、その航海を継続する必要から生じたもの」として限定しているが、これは何ら条文上根拠のない見解である。

商法第八四二条二号、八号の債権について、先取特権を有すると認められる理由を考えると原決定の解釈は著しく狭く、均衡を失すると言わざるを得ない。

又、何をもつて一航海とするかについても漁船の場合判然としない。新たに航海を継続するための修理と、航海途上において生じた航海継続のための修理とは漁船の場合区別することが不可能である。何となれば航海途上近くの港において修理をする必要がある場合は漁獲物の鮮度が落ちない内に処分するのが通常であり、この場合の修理は爾後新たな航海をするに必要な修理も含まれるのが常であるからである。

依つて、本件修理代金は航海継続の必要による修理であると思料する。

船舶目録《省略》

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